ご挨拶

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         就任のご挨拶 (少し長いですが,正直な気持ちでのご挨拶です)

                         保健医療学部 医用生体工学科 教授    吉澤 徹

 平成18年4月1日に保健医療学部医用生体工学科に着任し,オプトメカトロニクス分野をカバーすることとなりまし
た。私は工学部の出身で,バックグラウンドは精密工学です。精密工学という概念はわが国で誕生した概念であり,
その英語表現である"Precision Engineering"も和製英語です。卒業論文の課題としてガラスの研磨を与えられたの
ですが,当時ガラスなどの「硬脆材料の加工」は精密工学におけるトピカルなテーマであり,著名な先生方や先輩の
皆様が優れた成果を発表されており,ご活躍ぶりに研究の面白さを垣間見ることができました。当時は大学院進学
者は少なくて,学部を卒業した段階で就職して社会に出ることが通例だったのですが,私は事情あって大学院修士
課程に進みました。学業が優れていた訳ではなくて個人的な事情があったためです。そのころは精密工学には大別
して精密加工・精密計測・精密機器の三つの概念があると言われておりましたが,大学院では高速度カメラの開発
に関する研究の一部を担当しました。フイルム式高速度カメラの機構は一般的な光学機器とは異なっており,光学や
精密機器の勉強もさることながら,それ以上に機械振動学や(聴講したこともない)流体力学を学ぶ,それも自己流
で学ぶことを強いられました。そのためになんとも中途半端な勉強の仕方でしたが,それがその後の大学生活では
大いに役立っている(本学科でも関連した内容の講義を担当することになっています)のは皮肉なことです。修士過
程を了えた後も,また就職せずに博士課程に進学しました。あまり論文発表もできず,なんとか論文をまとめて工学
博士の学位をいただきました。
 大学院修了とともに山梨大学工学部精密工学科に赴任しました。私は東京しか知らず,甲府という土地に知識も
知識もなかったのですが,山梨大学は畏敬する谷口紀男先生(ナノテクノロジの提唱者です)が長年にわたって教育
と研究にあたられておられたことから(残念ながら私が着任する前に理化学研究所に移ってしまわれていました
が),大変に興味のある大学でした。若かったこともあって周辺の皆様にはご迷惑をおかけしながらも,鈴木秀夫先
生や菅谷勝彦先生らに多くを教えていただきました。研究テーマはいつのまにか光計測となり,とくに光を応用した
三次元形状計測が中心テーマとなりました。このころには現在の学科長である西坂剛先生と知合っていますから,す
でに30数年のお付き合いになります(西坂先生からすれば"腐れ縁"です)。結局甲府で10年間を過ごしてから東京
農工大学に移りました。山梨大学では日曜日もほとんどを研究室で過ごしましたので(当時は土曜日には授業があ
りましたので,土曜出勤は当然でした),日曜にも(少なく見積もっても)年間40日,10年では400日は働いた勘定に
なります。ですから私は山梨大学には(10年ではなくて)11年勤務したと思っています。
 そんな時に佐田登志夫先生のご好意のおかげで転任した東京農工大学では機械系三学科に所属して「機械工学
の中における精密機械工学」を担当するという立場になりました。分野は「精密計測」でしたが,精密機械にとどまら
ず,幅広く機械工学およびその関連分野を学ぶことができました。ただし都内の大学であったために,学協会関連の
仕事や(当時はまだ異端視されていた企業とのお付き合い)も増えて時間的な余裕がなくなり,自分自身で研究を
行うというよりは若い学生諸君に実験や研究をしてもらう環境を整えることが役割となってしまいました。正直なとこ
ろ,それまでは研究活動ばかりに気がいっていたのですが,その一方でようやく教育についてもあれこれと考えるよ
うになりました。自分自身が受けてきた教育を振り返りながら,私なりにいくつかの試みを行い,私流のやり方での
授業法の構築を意識しました。残念なことに,現在のような教育機器も普及しておらず,苦労した割には報われなか
ったというのが正直な感想です。東京農工大学には25年間勤務して2003年に停年を迎えましたが,最後のころはゆ
とり教育だとか大学大綱化などと政府による大学改革の方針が打ち出され,またそれに対する大学側の対応は(率
直に申し上げるならば)必ずしも私が期待した方向とは一致していませんでした。そのために多少の失望を感じざる
をえませんでした。
 そんな気持ちもあって,大学を去ると同時に産業界に転じたのです。これまでに経験した光計測や精密機器に関す
る知識の有用性を知りたいという生意気な気持ちとともに,実際に製品がどう造られるかという場を経験したかったか
らでもあります。いかに優れた研究成果であっても,これを実際に使えるようにしなければ意味がないという考えもあ
り,また企業から見ればどのような人材が必要であり,さらには企業は大学の教育に何を期待するかを知りたい,と
いう気持ちがあったのです。企業では大学とは違った視点から学問や技術を見つめなおすことができ,3年間という
短い期間ではあったのですが(良さ悪さを含めて)多くを学ぶことができました。企業から大学に移る方は多いかと思
うのですが,大学から企業に移るという数少ない立場からの経験ができたことは楽しかったです。それでも今回西坂
先生からのお誘いを受けて再び大学生活にカムバックできたことを感謝しております。機械工学から医用生体工学と
いう異なった分野への移動であり,当然のことながら入学してくる学生の中には高校時代には物理を学んでいないも
のもいます。ですから私にとっては常識と思われる用語や概念を知らない学生がいる訳です。極端にいうならば,中
学を出ただけの人たちに力学などを教えなければならないのです。こうした件をはじめとする学力問題を含めて,学
生に関する問題は多々あります。でも嘆いてみてもしょうがありませんので,あらためてどんな教育を行えばいいの
か考えていきます。
 これとともに,個人的には別の問題をかかえています。通勤に要する"片道3時間の壁"が立ちはだかっているので
す。幸いにも横浜線と八高線が始発駅から利用できるので,車中で本を読んだりPCを操ることは可能です。(といっ
ても必ずしも列車間の接続はよくなく,また横浜線ではラッシュ時に座席を確保するためには列車2本の余裕をみる
必要があります)。また頑張って座ったとしても混雑が激しく,ノートPCを操ることも簡単ではありません。それでも慣
れてしまうと,「片道3時間の通勤」も皆様が思われるほどには辛くは感じなくなりました。はやく新しい環境に順応し
て教育と研究に成果をあげたいと思っております。                (2006/05/22)

追記:諸般の事情があって,2010年3月を持って常勤教授から客員教授へとステップダウンしました。ちょっ
と残念という気もしますが,片道3時間という遠距離通勤が週に2日に軽減されるというメリットもあるので,
若山講師を援護しながら今後も埼玉医科大学とは関っていきます。  (2010/06/30)